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jkondoさんと歌舞伎へ

月曜日から金曜日まで一枚ずつ写真を貼って、日曜日に文章を一つ書こうかな。土曜日に書いて、日曜日に見直してから上げようかな。そんなペースでやろうかしら。好きにすればって話だよね。だけど、ブログは規律があった方が善くない。

これだけ書いただけでも、改行の事とか気になるんだが、デバイスによってもちがうし、むつかしいですね。丁度、はてなブログのフロントエンドを作つて居るhitode君が出社して居るから、尋ねてみたけれど、CSSで文章の末尾をジャスティファイできると云う。余りエンジニアの力を借りるとちーとっぽくなるけれど、末尾が揃うのは気分が善いから、それだけ書いて貰おうかと思つたけれど、そうすると総べての文章がジャスティファイされるんだって。カーニングが出たら目になるね。ふざけてますね。

jkondoさんと歌舞伎へ行った話を書く前に、ぼくはこの二年間ほどで、百回以上は歌舞伎を見ている。そうして、殆どだれとも口を聞かない様な生活をして居た。ぼくは殆どだれとも口を聞かなかった。どうして沢山歌舞伎へ行けるのかというと、お金が有るからではない、妹が劇場の関係者だからである。妹がチケットを呉れるので同じ舞台を四回も五回も見た。けれども、いつも一人ぼっちだから、舞台と対峙しているんだか、孤独と向かい合っているんだか判らない様なかんじで、それでも、夢の世界に現実を忘れる様な経験は何回も有った。ぼくはどうやら、歌舞伎が好きである。

京都へ来て、もうこんりんざい、ああいう暮らしは辞めようと思い、心を入れ替へ、性根を叩き直してjkondoさんに奉公しやうと考へたから、歌舞伎などと云う、いかがわしいサブカルチャーとキツパリ訣別した積もりで、はてな一筋の生活をしていたんだけれど、十一月くらいから祇園界隈では顔見世の演目が張り出される。ああいけないな、ちっとも愉しくなんかないな、と、見て見ぬふりをしていた。京都の南座には、顔見世といつて、吉例十二月に東西の歌舞伎役者が集合するのです。

(来週の日曜日につづく)