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勘平の勇気

火曜日の夜に大きなリリースを終えた後、八階の畳で何人かでお祝いをした。缶ビールを買って来てくれたのは、はてなブログのディレクターのonishiさん。Twitter上の反応を見ながら、笑ったり困ったりしていた。ぼくは、何を言われても大丈夫だろうと予想していた。基本的にユーザーは正しいし、優しい。けれども、条件反射的な拒絶を繰り返して見る内に、煽られてしまった。狼狽し始めた。其の時に、或る人が(恐らく)ぼくの事を差して、<勇気がある>と言った。空耳かもしれない。勘違いかもしれない。其の人の事を尊敬しているので、うれしかったけれど、ちょっとちがう様な気もしていた。

文楽や歌舞伎に<仮名手本忠臣蔵>という脚本がある。<早野勘平>というキャラクターがでてくる。jkondoさんと観劇した南座では片岡仁左衛門が演じた。有名な登場人物らしい。だれも知らないだろうけれど。<おかる勘平>といえば昔はだれでも知っていたのかな? 現代人も着物を着たり、お茶を煎れたりして居るけれど、なんの事は無い、勘平の物語すら知らないんだから可笑しいや。日本人らしく振る舞うことに、ぼくは興味は無い。そうでは無い。勘平が不思議なのだ。勘平が不思議でたまらない。

勘平は情けない男である。ダメダメである。周りが迷惑してゐる。悪い男では無いけれど運が良くない男で、やらかし率の高さに定評が有るから、スキルは高くてもディレクター視点で見ると成るべくチームに合流させたく無い男。主君刃傷の日に、おかると逢い引きをしていた。討ち入りのロードマップを決める全体会議に参加していないから、モチベーションは高いものの、共有不足である。気が早い。

勘平の欠点を書き出していると、<仮名手本忠臣蔵>の五段目がじつに巧妙にかれを悲劇へと引き摺り込んでいると感じる。旧臘の南座でも先ずわくわくしたのは此の点だった。初見の人と一緒に歌舞伎を観る事の効用の一つは、自分も初見の様な心情に成れる事である。jkondoさんやreikonさんがどんな風に見ているのかが気になるのだ。こんなものがお気に召すかしら、と疑って観るのだ。驚かされるのは、五段目<二つ玉>の展開の早さである。テンポがいい。闇夜だから暗いのがいい。雨が降っているのがいい。息を潜めて見守っていたらもう斧定九郎のシーンである。あそこで観客を一息にロックする。と、思ったら、猪が走って来る。凄惨な場なのに間抜けな着ぐるみがパタパタ走って往くから、呆気に取られた所で、銃声がする。定九郎がたおれ、勘平があらわれる。松の木を手掛かりにし、恐る恐る遺骸へ近寄り、五〇両の金を奪う。

勘平は金を盗んでしまう。此の金は、討ち入りの部隊に加えて貰う為の準備金として遣いたいのである。しかし動機はどうであれやらかしてしまう。六段目<勘平腹切>、jkondoさんもご指摘の通り、勘平は浅葱色の紋服を着て、殆どずっと床に突っ伏してゐる。働きたくないニート宜しく背中を見せている。おかるの父を誤射して五〇両を掠奪したのかと苦悶しているのだ。勘違いである。おかるの父から金を奪ったのは斧定九郎で、斧定九郎を猪と間違えて殺したのが勘平なのだ。しかし、かれは事実を吟味しない。

<そこは一回、reviewしよう>という所で、勘平はしない。おかげで、だれも得しないシチュエーションになる。勘平自身は勿論、おかる、おかや、与市兵衛、二人侍、みんなが気持ち良くない。けれども(ここからが不思議なのだけれど)勘平がついに切腹フェーズに入ると、視界がvividになる。エッジが立って来て、舞台が明るく焼き付く。

勘平のパーティーが始まる。かれはとにかく、死んで見せる。
ぼくは言いたいのは、侍の美意識とかでは無い。
死んでもいいという覚悟が有れば、なんでも出来るとかでも無い。
そうではなくて、なに一つメイク出来なかった勘平が、自分の腹を割くというたった一つのタスクについては、圧倒的にスムーズに遣り遂げるのが、おもしろい。勘平は自殺するのが厭で煩悶して居るのでは無い。義父を殺したかもしれない自責と主君の役に立てない情けなさからであって、切腹すると痛いとか、そもそも自分が死んだらだれも得しないというファンダメンタルが抜け落ちてしまっているのが可笑しい。

かれは勇気があるから、切腹したんだろうか。ちょっとちがう様な気がする。勇気というより、もっと空っぽな心ではないだろうか。覚悟というよりは、手続きに近い何かではないか。GitHubでいえばpull requestぽいかんじ。魂をmergeしたんだよ。

ぼくも同じだよ。