つらい

今週は月曜日の午前から金曜日の午後までつらいことばかりだったので、つらいから、ブログなんてとても書く気にならない。規律だから書くけれど、渋々書くのだ。これさえ書いてしまえば、駒沢通りにある江田くんの店の、十周年の本に寄せる文章を書くという、愉しい仕事が待つのみ。こっちは心が軽い。友達のお祝い。書きたいこともたくさん浮かぶし、いい想い出ばかり。もちろんお金なんて一円もいらない。

だから、さっさと書いてしまおう。なるべくはてなや京都と関係の無い話がいい。つらい話をしても仕方が無い。つらくなるだけだから。そういえば今朝、WOWOWで菊地成孔さんを観たから、菊地さんの話でもしよう。「オリエント急行殺人事件」という映画の紹介をしていた。名探偵ポワロ。たしかに、あの映画は愉しい。コンパートメントに十二人の殺人者が一人一人、入室するシーンは感嘆するしかない。つらい場面なのにつらくない。むしろ、溜飲が下がる思いがするのだ。爽快感。謎解きの一幕は、優雅で、暖かい。乗客の全員が犯人であり、乗客の全員を許してやる。エンロドールの文字がケミカルな紫色をしているのは、今回初めて気がついた。ヨーロッパ人だけに許された色ではないか。ウィンドウブレイカーを思わせる。菊地さんは、音楽がワルツなのだと指摘していた。

十年程前、菊地さんのホームページを作ってあげて、月々三万円の小遣いを貰っていた。菊地さんがぼくの部屋へ来たとき、みたらし団子と紅茶をだしてあげた。そういう細部を菊地さんは漏れ無く日記に書くのだった。いまはブロマガで人気者らしい。あの頃と同じ様に日々のディティールを書いていらっしゃるのだろうか。或は、ちがうのか。まったく存じ上げない。「デートコース・ペンタゴン・ロイヤルガーデン」という、十一人編成のジャズ楽団の最初のアルバムのデザインもぼくにやらせてくれた。代金は忘れもしない、十万円。かれはいつも、手渡しで、手掴かみで、キャッシュでくれた。音楽家という、やくざな稼業の人とかかわれて、不良になった気がして、秘密の取引のような。ライブで売るTシャツを作った時には、陰鬱な顔をしたレコード会社の人や、神経質なオルガン奏者や、つらい感じの服を着たグルーピイの女がナイフやフォークをがちゃがちゃいわせている中で、「ほら、」と菊地さんが云う。「ここに七万円あるから、君にやる」と金をくれる。当時の恋人と、ほっこりした気分で、道玄坂から学芸大学までタクシーで帰ったりした。「女は二人の男とセックスすると」なんて云う。菊地さんといえば、セックスの話。「ぐるぐる廻ってしまうんだよ。車輪の軸と同じだよ」なんて云って、ぼくを怖がらせるのだった(幸い、未だにそういう経験はしていない)。

菊地さんはホームページに日記を書いている途中で、精神を病んでしまった。そのへんの経緯は「スペインの宇宙食」という本に書いてあり、ぼくも登場する。いま、タクシーに乗っている、と携帯電話が掛かってきて、聞き取れなくなり、そのままぶっ倒れてしまった。日常の細部をブログで追い掛ける営為には、そういうリスクがある。ぼくは自分でもブログを書いていて、そのリスクを知っていたし、菊地さんの文章を読みながら、いつか自分自身も同じことをするだろう、と漠然と考えていた。ぼくの好きな回は、かれと二人で、代官山の小川軒で食事をする回。丁寧に刻まれたニンジンの皿が運ばれてくる、まさにその刹那も、ぼくと菊地さんは、その夜、ブログに書かれるだろうテクストを想像していた。ブログが人生に追いついてしまっていた。生きながら書かれる登場人物になっていた。そんな時間が持続したら、菊地さんは壊れた。想いだすと、いまでも苦笑してしまうのは、一度だけ、かれに訂正を求めたこと。昼間に面会したぼくのことを、「アトピーがひどい」と描写したのを、ぼくは若かったから、消して欲しい、と申しでた。菊地さんは「アトピーがひどいのが、素敵だったから書いたんだよ」と弁解した。あれは、あのままにしておけばよかった。つらい。いや、つらくない。

ぼくは今、それにふさわしい立場で、それにふさわしい場所とタイミングで、自らの経験を語っている気がする。けれども、つらい感じがしているのが、つらい。いつもながら書く営為そのものは愉しい。気持ちも晴れてきた。あの頃の菊地さんは、まだ今のぼくより年上だったかしら。あの頃の菊地さんを見ているから、人生そのものは、ちっともつらいとは思わない。テレビでかれにふさわしい待遇を受けているかれを見るのが、嬉しい。かれが十年前とちっとも変わらずにいるのが、愉快である。ぼくもどうやら、大人になったと書いてもいいようだ。大人は大人だから、書いてもいいことの何もかもは書かない。大人は自由に声を上げない。書いてはいけないことは知らない振りをする。書いていいことだけを書く。大人が文章に余計な一言を付け加えるなら、一つしかないであろう。