resort

Lee Douglas Summer Mix 2012聴きはじめたら10分30秒くらいでもうあのリゾートっぽいテクノかかってて伊右衛門吹いちゃったよ。どれだけあの曲好きなの。江田君のパッケージでこれ聴くの、三回目くらいだよ?これ聴かせたいだけでしょう。また今回は緩めのBPMでべっこりいくみたいな。Lee Douglas Summer Mix 2012で検索したら俊太のツイートがでてくるし。蒲谷君と江田君のリツイートだし。ぼくらが聴きたいだけじゃないか。なんなの。あの曲みたいな感じで生きたいってことなんだろう。浮き浮きしてて。キックはあくまでずっしり目で、猿や鳥が鳴いてる世界。

ふつうにシェフの目が行き届いた粒揃いのミックスだった。ふつうに至福の二時間かもしれない。JUST JAMボリューム71も消化できてないし普通に忙しいよ。パート1の冒頭、デトロイトテクノみたいな曲で揺らいでいる空間から倦怠したブラジル音楽が始まるくだりで、いつも「恰好いいなー」と思う。最近、匿名ダイアリーで「35病」とかいって、三十五才の兆候について述べている人がいるけど、ぼくの場合は、照れなくなった。昔は恰好いいときに照れていた。このごろ、もういいやと思う。観念する。たとえば、四月の夜、ベランダの窓を開け放っている。

カーテンが揺れていて、ぼくは薄暗いキッチンで洗い物している。イヤホンで聴いているiTunesから、絶望的に倦怠したブラジル音楽が鳴りだしたら、うわあ、と思っていた。このごろは、いちいち照れない。あー、いまなんか恰好いいなと思う。こんな恰好つけててどうするの、と思うけど、もういい年だし、と思う。テリー・ジョンソンに学んでおいてよかった。湯村輝彦さんの指導でギャングスタ・ラップをちゃんと聴いておいたことが、三十五才になって効いているかもしれない。大人の男が、自分がいい味だしている事実とどう向き合えばいいのか、ぜんぶフラミンゴ・スタジオがおしえてくれた。とか、マガジンハウスの見出しっぽくない(ふざけてごめんなさい

マガジンハウスといえば、ポパイ買ったんだよ。ポパイと装苑買ったら、両方に大次郎が出ていた。ポパイではインタビューされてて、装苑ではレイアウトしていた。大次郎いいなーと思うと同時に、大次郎はそれくらい活躍してくれないと、と思う。ふつうにポパイに大次郎くらい出てるだろ、と思う。これも、大人になったからだろう。大人になったのに友人がポパイに出てないとか、じゃあいつになったら出るんだよっていう。今でしょ。ふざけてごめんなさい。へんなテンションになってるかもしれない。

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日曜日の夜だけど、今からクラブでもいきたいな。エレファントなんとかコーヒーの二階だか三階にあるクラブがいいってアキラ君がおしえてくれた。アキラ君がいいっていうんだから間違いないんだろう。看板ないし蝋燭の火だけで営業してるらしいけど。だけど、ぼくが日曜日の夜に木屋町のクラブにいるってユーザーさんに申し訳ないような気もするんだけど、関係ないか。全然関係ないか。ココ・ボンゴだったらいいのか。アジェならいいのか。鈴やのぼんちゃんがココ・ボンゴやたらと押してくるから、年始にいっちゃったよ。アケミさんお目にかかったよ。これでいいでしょ。なんでやねんとぼんちゃんは知り合いなんでしょ。知ってるよ。東京よ、これが京都だ。

アセルボクのアキラ君とハルカさん夫婦、鈴やのぼんちゃん、でんちゃん、火曜と金曜にアケミさん。ときどき、花ももの蕎麦。ホシ・クープの美容師さん。あとはフレスコとフレスコとヨドバシカメラ。これが、ぼくにとっての京都であり、膨張も収縮もしなくていい。もうこれでいい。ああ、そうだ。ときどき、イスラエル人のマスターのヨラムにはいきたいし、寺町のスニーカー屋を書かなかったら嘘になる。シンゴ君とあんばい君にはお世話になってる。ブグバグの不良少年たちに通りで会ったら挨拶する。ファクトリーでなにか買ってあげなくちゃ。ダブルタップスのパーカでも買ってあげなくちゃ、と思いながら、そのままになってる。鈴やを一ヶ月くらい抜けばパーカ代くらいだせるよね。鈴やに一ヶ月いかないって寂しくない。今夕も四時からいってからかわれた。

ダースベーダーみたいな黒壁の仏光寺の桜、洛央小学校の桜、東洞院通高辻の松尾外科の庭の桜。東本願寺の門前の桜。そして、Lee Douglas Summer Mix 2012。

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終盤30分くらいでぶち上げようとしてくるんだね。

極東ブログの御大が、三十五才は若者気取り、と書いておられた。若者気取りも程々にしないといけない。気取っている積もりはないけれど。若者の心情が判らない大人として振る舞えば、周りもそう扱ってくれるだろう。告白すると、若者は嫌いである。ずっと軽蔑していた。若者の自分を軽蔑していたから、照れていたのだろう。大人としての三十五才は、Boot Campみたいなものだ。パーティションは切ってある。NTFSでフォーマットしてある。いつでも起動することができる。おもむろに起動してみようかな。人間として老けていこうかしら。老けながら、これまで通り冷静に自分と周りをモニターしていこうかしら。ぼくのチームの若いエンジニアたちがぼくにそう思わせてくれる。かれらを観察している。かれらと距離を置こうと思う。自然なことだと思う。野球が開幕して、気温が温かくなってきたら、安心するだろう。いつも旅行しているような気分でいる。ホテルでこれを書いているような気分でいる。室町通りは静かで、煙草を吸っている。