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新幹線

金曜日の夜、根津美術館から外苑前へと歩きだした。表参道、三宅一生でパーティーをしていた。小さいパーティーだった。南青山三丁目の交差点をワタリウム美術館へと上がっていく坂道を、選んでしまった。霞ヶ丘団地、ビクターのスタジオ、千駄ヶ谷トンネルの辺りは思い出の多い土地で、本を作っている時も、ソーシャル・ネットワークで働いている時も、巡り歩いた土地だから、其の時の私の思考が、いまだに巡り歩いている気すらする。微粒子レベルで存在している。サザビーズとか。ハンバーガーとか。将棋会館の目の前の神社とか。能舞台とか。ずっと前に考えていた事が、漂っている。東京の夜に溶けている。私は、私の東京の内を小魚のように歩く。ジミ・ヘンドリックスというカレー屋とか。錆びたブランコとか。トゥ・ザ・ハーブスとか。洋服屋のアトリエとか。

静かな神宮球場を一周してから千駄ヶ谷駅へ抜けようと思っていたんだけど、どこで離脱すればいいか判らなくなって一周半しちゃった。内野なの外野なの。一塁なの三塁なの。蛍光色に輝いている明治神宮外苑を眺めつつ、草村で小便をした。東京はおしっこできるから、好き。京都はおしっこできないから、嫌い。東洞院通で立ち小便、させない空気が有る。させませんよ、させへんよ、的な。外苑西通りでおしっこしたって、だれも文句言わないよ。外苑東通り、権田原の交差点へ出た。真っ暗だった。慶應病院の灯りが並んでいた。千駄ヶ谷の積もりが信濃町でした。私の父は神宮球場から帰る時、JRの駅まで歩いているが、千駄ヶ谷だろうか、信濃町だろうか。

東京を訪れると切なくなる、という書き込みを見た気がする。京都に居着いた人が書いた物だった気がする。今の私には其の感覚が判るし、東京に居ると切なくなるという、恥の気分は大切だと思う。だけど、違うんだよ。言っちゃダメだよ。そこまで焼きは回っていないよ。東京はバビロンとか、詰まらない。京都はスローだとか、ありきたり過ぎる。一つ慥かなのは、東京と京都を往来するのは、贅沢だということ。二つの都市を往来し、観察しているのがいい。私は東京の人間だとは思わない。京都の人間だとも思わない。黄色い電車が滑ってくる。車体に赤い犬が描かれている。かれはチーバ君。

秋葉原もいいけど、浅草橋もたまには気にしてあげてください。浅草橋のアイドルグループとか無いんでしょうか。ASKSBSとか無いんですか。ちょっと淫夢っぽいフレイバだけど。浅草橋の、風呂屋みたいな蕎麦屋で天丼をくう。菊正をのむ。缶麦酒を買う。隅田川の堤防へ行く。乞食がいる。ここまでが夏のテンプレート。知っているでしょう。あとはそう、上流をめざすなり、下流へ歩くなり。花火を見るなり、チーバ君なり。

この、だれにも気兼ねせず、独り言を並べるのがブログらしくていい。だれに見てほしいとも思わないけれど、だれがか見ているのがいい。この感覚、なんという名前を付ければいいんだろうか。私の知っている内で、はてなの人が、もっともこの感覚を大切にしてゐる。最初にaereal君のブログを読んだ時、こういう人が居てくれたのか、と驚いた。この感覚は、インターネットの黎明期にはだれもが持ってゐたもので、だれもがこの感情の厄介さに手を焼いて来たものだ。はてなブックマークのホットエントリでは掬い取れない感情で、けれども、はてなブックマークの内の空気に溶けているものだ。

妹は、劇場の仕事をしていて、気の早いことに、南座の顔見世の出演者について教えて呉れた。ここには書けないけれど、成る程、といった所。最近、ぼくの真似をして歌舞伎へ通っている人がいるんですが、妹と話すと思うのは、芸道の人は、冷たい。義太夫とか舞踊の師匠や、劇場関係者の劇評が伝わって来るんだけど、当然ながら、かれらはサッパリと冷たい。日々稽古をして、芸能に人生を捧げているから、冷酷になるのは当たり前だ。ぼくの真似をして歌舞伎へ通い、歌舞伎について書くのでは、ぬるい。

耳寄りな舞台を教えましょう。七月の南座。新派の<東京物語>。

これ、ノーマークの人多いんじゃないでしょうか。歌舞伎じゃないけどね。新派の<東京物語>。傑作だよ。私は二〇一二年の松の内に三越劇場で二回見ています。このラージな演目を、南座で再演するという、上洛せざるを得ない舞台。見ないと語れないよ。

はてなへ入って、これまでの人生の内で、あり得ない頻度で新幹線に乗車する。この現実に、今だに頭がくらくらしてゐる。二十四時間前、私は新幹線に乗ってゐた。バーチュアルリアリティ。あちら側に居るのか、こちら側に居るのか。乗車すると、高揚する。予約していた座席に着くと、想念が沸騰する。まるで、前世を遡るように。東海道という一本の導線を何億回もなぞってきたのが、人間だと感じる。漂っている。ずっとずっと前に私が感じていた事や、考えていた事が、微粒子レベルで存在している。これまでの人生の内で、自分にはどんなオプションが有って、どうして他ではあり得なかったのか、省みる。自省しているあいだ、新幹線は疾走しているけれど、まるで止まっているみたいだ。速度が、あらゆる思い出を圧縮する。新幹線が、こんなテクストを書かせる。