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東京にいる

いま市川の狭い部屋で荷物に囲まれてマック開いた所。ほんと狭い。物置にマットレス敷いてるみたい。居心地いい。狭い所好きだから。物との距離が近いから賑やかな感じ。わいわいしている。本の背が声を発している。電球が凛としている。ビオフェルミンの瓶がちらちら見ている。黄色い冷蔵庫が大型巨人の様に覗いている。揺れている。布のソファは地平だろう。壁外調査。壁の外に巨人を探しに出掛けて帰って来たみたい。故郷の部屋は狭い、狭い。秘密基地。地下室っぽい。箱から鷲掴みにしては棚へ並べていったから、岩波少年文庫は散逸した。青と緑が適当になった。青が中学生用で、緑が小学生用。ギャングのスラングの辞書とT・S・エリオットの間に、鬼太郎の世界旅行が挟まった。バケラッタ。きょう神宮いった。東京にいたなら野球が見られます。一五〇〇円で入ったレフトスタンド、目の前がバレンティンだったぜ、ラッキー。王監督のホームラン記録を抜き去りそうなのです。練習中のヤジ、騒然としていた。バレ吠えていた。四五〇円の瓶ビールの売り子が増えた気がしたんだけど気のせいかなあ。勿論、歓迎です。村上春樹がヤクルトの二番目の名誉ファンになったらしい。一番目はだれでしょう?

此の一番目の人、世田谷区下馬に住んでいた時分、近所だった。定食屋で時々、いっしょになった。Tシャツを贈った事がある。パン・パシフィック・プレイヤのTシャツ。少し面白いでしょう。パジャマ用でもいいから着てくれて居たら嬉しい。東京二十三区に住んで居て、有名人と鉢合わせ、友人の作った服をあげた。そんな事も想い出だ。あのTシャツどうなったんだろうって、あのTシャツから便りがないかしらって、そんな事を夢に見る。例えば自転車を捨てたとして(というか事実、土曜日に僕は自転車を捨てた)、あの子大丈夫かなって思う。寂しいか。そこへいくと、人間は心配いらない。少し不思議。ぼくは、あの有名人には関心がない。なにをしていようといい。気になるのは、かれに手渡したTシャツである。物の方が愛おしい。物からのコレスポンデンス(通信)に、秘密が隠されている。感情と記憶を司っている。そう想うのは、物を沢山動かしたからかもしれない。長距離を移動した物に囲まれて書いて居るからかも。みんな安心しているのかな。戻って来れたって。やれやれだねって。本の表紙の、表面に傷が付いている。ページが折れている。擦れている。だれかが触れた、摩擦熱の様なもの。それが良い。

こうしていると、高倉通の闇が胸に寄せてくるのだ。外灯の少ない都市の夕暮れの、紫の闇が、物置部屋に染みて来るのだ。新しい感情が芽生えるのだ。ああ、美味しい。人生って美味しくない。いやな事一つも無くない。だって、よく見たら美味しいんだから。そうそう、日曜日の朝日新聞、或る女優が、自分のいちばんの力を<視力>として居た。ぼくは目がいい人って好きだな。速いから。金曜日の午、さよならの気持ちで、新京極を歩いたんだよ。そうしたら、すごいよ。いままで全然目に入らなかった場所がどんどん見えるの。エトランゼ(異邦人)に戻った瞬間、あ、ここに良い看板ある、こんな処に靴屋があるって。暮らしている時は見えていないの。行けば良かったって。(新京極のきしめん屋入ってみたよ。最高じゃん、あそこ)……いま書いてて気付いたけど、俺、正岡子規みたいな事いってる、結局。ほら、狭い部屋に居て。物に感情移入する。視力をリロードしようとする。現実に対してエトランゼ(異邦人)であろうとする。そうしたら、幸せになれる。いつでも旅行できる。硝子戸の内の患者、観察している。病んでいよう、どこにいても、病んでいるのが人生の鍵。東京の情報量には、新しい病がふさわしいから。