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アリとキリギリス

午前中、秋葉原を散歩した後、東京駅で冷酒を飲んでから頭が痛い。秋葉原でなにか買おうと思っていたものの方針が変わったのでついグランスタへ寄ったら顔馴染みの常連客がいた。この人は何時間でも飲むのでいけない。でもいい人。土曜日の昼、べつの常連客がいた。この人はいつもビール一杯だけで去る人だが、梅酒を飲んでいた。ぼくはこの二人の共通点に気がついたが、身も蓋もないので書かない。どちらもタブレットを持っているのだった。身も蓋もないと思いながら、思いつく他の常連客についても考えてみたのだけれど、一人一人に共通する点があった。完全に一致していた。

ところで、今週読んだブログに書いてあった言葉。

「今やってることは、その先のなにかに繋げる工程」
っていうのを、意識的にやってる人のほーが多くて、それが「当たり前」ってことなのかなー、って思った。


「なにものにもなりたくない」
そーやって生きていくことは、いけないことなのかなー、って思う。

キリギリスのバイオリン - ひきこもり女子いろいろえっち

これ読んで、はっとした。先週、ビジネス書を並べてみて、自分で自分に違和感を覚えていた。また、自分の来歴を振り返って、今の仕事に繋がる線を辿ろうとしていた。大人の言葉でいう「棚卸し」というやつ。「今やってることは、その先のなにかに繋げる工程」だと思って、人生の計画を意識的に引こうとしていた。だけど、今までそんな風にやって来た訳じゃない。なんとなく、やりたいようにやって来て、偶然、こうなっているというだけ。全ては今の仕事の為に研鑽してきた、などと書いたら、嘘だろう。

端的にいって、ぼくはもっとお金が欲しいと思ったので、「経歴の棚卸し」を始めたのである。ビジネス書を読んでみたのである。キリギリスのくせに、アリのふりをしようとした。というのも、「今やってることは、その先のなにかに繋げる工程」であると面接官を説得できるかどうかが、就職活動、転職活動の肝なのだ。勿論、これだけで決まる訳ではないけれど、「こういう仕事をしてきた人間ですよー」「だから、この会社の仕事が自分にぴったりですよー」というロジックは、だいたい必要になる。

生まれてから今までパンを焼いてきたけれど、来月からは銀行員として働きたいとか言うと、面接官にへんな顔をされる。サラリーマンはそれを知っているので、自分の経歴が一つの工程として均整がとれているか、心を配っている。はてなブックマークの民はとくにそうだろう。かれらは、英語を学んだり、ライフハックを後で読むなどして、いつも自分の価値を高めようとしている。お金の為なのだ。アリとして運んで来た荷物がちゃんと積み上がっている事を示す。もっと運ぶ為に努力を怠っていない事を主張する。

面接官の前で「なにものにもなりたくない」と発言したら「帰れ」と言われる。だけど、本心はそっちだ。ぼくも同じだ。ぼくも「なにものにもなりたくない」のかもしれない、と、ここのところ、同時に考えていた。もっとお金が欲しいけれど、なにものにもなりたくないのだ。ぼくの知人は「自分の名前が歴史に刻まれたら、すばらしい事だ」と言っていた。ぼくは同意しつつ、こんな風にも考えていた。「歴史に名前が残らなかった人が感じていた感情を体験できたら、もっとすばらしいのに」と。

代償を払って偉大な事業を達成した時の喜びは、すばらしいのだろう。けれど、日曜日の昼に、近所だけど行ったことなかった串カツ屋に入って、いい店だった時の喜びも、またすばらしい。この二つって比べられるんだろうか。ぼくの経験上、厄介な事に、この二つは等価である。アリの喜びにキリギリスの喜びは負けない。キリギリスが勝利することもある。そう思わないだろうか。ぼくはキリギリス風の人間だから、いろいろなキリギリスの感情が知りたいのだ。アリの感情は、たまにビジネス書で読めばいい。

人間の歴史では、どれだけのキリギリス的な喜びが、書き記されずに消えていったのだろうか。風が心地良かったとか。ワインがおいしかったとか。石が重かったとか。足を踏まれたとか。なにものにもなれなくても、なにかを感じていて、なにも残らずになくなった感情に思いを馳せるのは、宇宙について考えるのに似ている。水中で花が閉じるように、言葉を発さずにいなくなった、無数のアリとキリギリスの感情にふれてみたい。そんな夢みたいなことを考えるのは、キリギリス的にすぎるだろうか。

困ったことに、アリとしての感性を研ぎ澄ましていくと、キリギリスの感性に疎くなってくる。でも、アリを笑わないであげて。アリだっていい人が多いよ。アリはアリで、キリギリスに憧れることもある。だけど、アリには家族がいる。アリは、アリの家族を守っていかなくちゃいけない。だから、少しでもお金を稼ごうと思い、アリっぽくなっていく。ぼくもそう。思ったんだけど、先週、ぼくが並べたビジネス書を眺めると、全部とは言わないけれど、新幹線っぽい。新幹線によく乗るから、アリっぽくなったのかな。