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Goblins

火曜日、青山墓地に外国人墓地があるのに気がついたんだが、それから何をするにも青山墓地を通りすがっている気がして、不思議な気持ちになる。なにかを考えている時、なにかとなにかの中間に、青山墓地がある。あるいは、なにかを考えている時、なにかの上から見下ろすと、整然と区画された、青山墓地がある。あのエリアを経由しなければなにも考えられない、という訳ではないけれど、青山墓地を通り抜けると近いので、気は進まないながらも、足は向かうのであった。私は恐がりである。「あうあー」と走り出してしまうこともある。首の後ろが冷たい気がするので、あの挿話に出てくる、アニみたいに手のひらでうなじを押さえながら小走りする。金曜日の夜、なんども振り返りながら青山墓地中央の交差点を横断した。午後七時、なにかとなにかの中間地点から見える風景は、暗渠の人だまではなくて、フォアランナーの遺物を連想させる、円筒形の森タワー。百科事典によれば、バベルの塔の物語は、人間の言語が一つではない理由を説明するものだそうだが、なんとかかんとか。ほんの遊び心で、思考の寄り道したいだけだって、文字と記号の谷間に降り注いでいる高層階の無数の灯りは、なんなのだろう。だれもいないとしたら、どうだろう。などと空想している、一つ一つの区画には、よく見ると道標が立っていた。「郵便通り」「外人墓地通り」「かやのき通り」というように。街なのだ。墓地は小さい都市だと思へば、かわいいものだよ。「乃木将軍通り」なんてのは勇ましいこと此の上ないが、君、「なつみかん通り」なんてのはどうだい。そこらのニュータウンより気が利いているし長閑ぢゃないか。幽霊の名刺に刷られた住まい、尋ねてみたら墓ぽよだった。なつみかん通りの住所。やばくない。男爵の墓、伯爵の墓、どこかのだれか。勲一等、紫綬褒章、かれら死んでること保証。生きていたらどうしよう。一つ残らず尋ねて回ろう。インタビュー・ウィズ・ヴァンパイア。クリスチャン・スレーター。こうして眺めると小人の家みたいだ。ぼくは南青山の小人の家並みを散歩する小心な路上観察者、でもない。スケッチもしない。けど、なにかを考えている時、青山陸橋の上から見下ろすと、外苑西通りを灰色熊のようなベントレーが走っていく。なにかとなにかの中間領域を、湾曲しながら横切っていく。火曜日の十三時、チャイムが鳴ったら、大急ぎでランチを盛りつけた。ピーナッツソースにからめた、豚肉とさつまいもの炒め物。にんじんとセロリと林檎のサラダ。いか天とネギのスープ。まかないシェフのM氏もびっくりの旺盛さで二人前をたいらげると、外套をひったくり、猫まっしぐらってかんじで、お墓へ向かい走り出すのだ。ぼくはゾンビじゃないし、ブーマーでもハンターでもない。和尚さんじゃない。一休さんでもない。いつもお墓にいたいってだけなのだ。お墓にいると、ここがいるべき場所だ、と思へるのだ。でも、ゾンビじゃない。ゾンビだったら、もっと目が赤いはずだ。インフルエンザの予防接種だって予約しないはずだよ。総務の人に聞けば分かる。ああ、はやくイーストレーキ博士の墓前にいかなくちゃ。イーストレーキ、イーストレーキ、ってたくさん彫りつけてあるから。黄金色の小さい葉がオートマチックに枝から離脱していく。鳩よりも小さい鳥が神殿風の庇の上をすべっていく。ホームレスの生活空間を死者が清掃している。犬の散歩をしている人がいたんだけど、犬がどこにも見当たらなかった。もしかしたら、フレイザー卿の墓石に隠れていたのかもしれない。べつに隠れんぼをしている訳ではないのに、隠れているやうな気持ちになるのだった。だれかに見つかったら、とはらはらしているのだが、だれも捜していないのだった。もしも、だれかを見つけたら、首に噛み付いてやらうと準備していた。グレムリンが足首にじゃれつくのだった。ガーゴイルは、乗り越し清算する時の車掌みたいな目で、私を睨みつけていた。やかましいゴブリンたちは、背中にふわふわの毛が生えていて、おたがいの頬っぺたに擦りつけていた。なにかとなにかの中間には、此のやうな信じがたいクリーチャー共もまた、生息しているのである。私は其の他に、帽子を被った骸骨、首が三つあるなにか、鼠などを目撃した。そうして、そ知らぬ貌で、午後からの会議に参加し、コンバージョン率をどうやったら高められるか、愛すべき同僚らが白熱している間にも、死者の王国に魅入られていたのである。それから週末まで、同じ行いを繰り返している。根津美術館の隣りから、北北東の方角へ歩いていく。あのエリアを経由しなければ、という訳ではないが、青山墓地を通り抜けると近いので、気は進まないながらも、足は向かう。土曜日の正午、いつもの中央交差点をスキップしていたら、みっしりと筋肉のついたキリギリスを踏み潰してしまった。「シャクッ」とした感触が、いまも足の裏に残っている。ごめんあそばせ。