グラタンと本

レンジでチンするグラタンはおいしい。十二月の日曜日の昼、ベランダの窓を開け放ち、炬燵で食べる、冷凍食品のグラタン。冷たい空気が入ってくるくらいがいい。肌着にパタゴニアのダウンセーターを羽織り、フォークでつつきはふはふするのがいい。床にピンクの日溜まり。暑いくらい。汗をかいている。テレビは、駅伝をやっている。音声だけ聞いている。ソフトバンクの犬のコップに、紅茶が入っている。豆乳が入れてある。白い皿にりんごが剥いてある。レンジでチンするグラタンの器は、三〇年前は、たしかにアルミホイルだった。銀色の器で、縁が、うにょうにょ折ってあった。ぺこぺこしていた。ところが君、モダンな冷凍食品のグラタンは、かわいいものだよ。可塑性も高いし、底にケルトの植物の文様が印刷してあるよ。ああ、あの殺風景な、銀のグラタンが懐かしい。アルミの溶けたグラタンの味と匂いを、夢に見るやうだ。フォークで滑走し、舐めるやうにたいらげた、レンジでチンするグラタンのおいしさ。グランデ・ソヴィニヨン・キュイジイヌとか、ビシソワーズとか、フランボワーズとか、三つとも適当だけれど、どんなに有名なフレンチ料理店へつれて行かれたって、ぼくは言ってやりますけど、一番おいしいのは、レンジでチンするグラタンだ!「蟹の足とフォアグラを添えた木こり風のグラタンでございます」なんて、言われたくないんだ。興味はありますけど。

叡山電車の駅の名前。出町柳、元田中、茶山、一乗寺。水曜日に乗ったから、此の四つの駅名は覚へた。一乗寺の空はベールを掛けたやうに暗かった。恵文社の店長さんと、近くの「つばめ」へ入りコーヒーを注文した。かれと私は同い年だった。京都と東京、紙とインターネットについて四〇分くらい話した。わたくしと堀部さんが話すことといったら、それしかないでしょう。カウンターのタイルが温かかった。音楽はかかっていなかった。会計を済ませると、店長さんは「つばめ」の奥さんと束の間、立ち話をしていた。挨拶をしてから、わたくしは書棚をうろついた。なにを買ったかといいますと・・・津野海太郎の花森安治伝。谷川俊太郎の新刊(写真とエピグラム)。東京有名百味会の冊子「百味」の新年号(昭和四十四年、これは古本)。小島政二郎の「小説永井荷風」。と、堀部さんの著書。此の日はこれだけだったのですが、恵文社のふんいきを、そっと持ち帰るやうに烏丸御池のはてな社へ顔をだしました。津野海太郎による評伝は、夜の新幹線でほとんど読んでしまった。お菓子もたべない、ビールも飲まない。小さい座席で、パタゴニアの、灰色のダウンセーターにくるまるやうにして本を読むのがいい。ときどき、静岡の小さい駅を走り去る時に、なにか想い出さないかしら、と目を凝らすのがいい。

いま、背の高い本棚のふもとにコーヒーテーブルを置いて書いている。お尻の下にはテンピュールがある。コンピュータの隣りに、ナイジェル・ピークの本が置いてある。木曜日の昼休み、ユトレヒトという本屋で買った。いつもは墓場へ足が向くのに、表参道を歩いていた。墓碑をぺろぺろしたり、精霊をくんかくんかするのに、飽きたのかもしれない。ビルディングの反射、舗道の色、路線図、アパートメントの形、自動車に踏まれたレシートやらが、細い線と水彩絵の具で描いてある、都市を素描した本。ナイジェル・ピークの本の上に、谷川俊太郎の本をのっけると、安定する。指ではじくとくるくる回る。ムンナのおもちゃの台座になる。勿論、ちゃんと文字も書いてある。<二〇一二年六月の最初の週、わたしは、行ったことのない住所へ手紙を送ることにした。地名を書きながら、いったいどんな場所へ届くのかと、空想していた。形や色、様相を思い描いていた。郵便局のやり方だと、手紙は碁盤の目へ配置されるでしょう。都市の特徴は消去され、区画と数字に置き換えられてしまう。アナハイム、アントワープ、バークレイ、ベルリン・・・>といった風。さてさて。もう、日付がかわってしまった。これだけ書くのに三時間掛かってしまった。日曜日じゃなく、気が向いた時に書こうかな、と思案中。