女正月

関東の人には馴染みの薄い冬の京の現象として、日が射しているのに雪がちらつく、というのがあります。一年京都に住んでいた私ですが、あれはいいものです。<風花>というんですね。<風花や祇園の裏の真暗がり 藤田湘子>という俳句があるそうです。祇園の隙間の暗がり、中空に雪が静止している。黒と白の対比が美しい。又一種迷宮的な空間へオブジェクトが迷い込んだやうな感興が有り、粉雪ではなく風花とした事で一層際立っています。日常の内の非日常という趣向に於いて、風花と祇園というワードは非常に上手くシナジーしています。<下京や風花遊ぶ鼻の先 沢木欣一>という句もあり、わたくしにとっては、因幡薬師のおでん屋のおやじが浮かぶ。あそこは下京区だからさー。冬の陽の下、おでん屋のおとうさんがセットアップしていたら、鼻先に綿のやうに浮いていたんだよ。ちがうかなあ。きれいなことををかしく扱ったのが、此の句の善い所だろう。風花という言葉は、一度遣ってみたい言葉だ。私ならいい感じに取り扱へるだろう。

十日の夜の新幹線は名古屋から隣りに外科医の先生が二人座った。ばってい、ばってい、と聞こえるから、こっそり検索すると、骨から金属の釘を抜く手術のことだった。現在地をグーグルで追いかけていたら東京駅へ着いた。其の侭ぐっすり眠ったんですが、土曜日になるとお腹がいたかった。又身体の節々がいたかった。鋭い冬が染みていたのか。初音湯の帰りに湯冷めしたのか。大人しく横になり本棚を見上げていたんですが、仕事始めから調子が狂ったやうな気がした。私は、こういう時間の遣い方はむつかしいと思った。気がはやるのであった。それでいて長閑で、静止していた。鰹節と昆布のだしに、醤油とみりんと酒を少々、それに卵を溶いた粥に、梅干しを合わせるとうまい。少し熱もあるやうであった。七日を少し過ぎてお腹がいたいから、七日に粥を食べるのは、昔の人のウィズダムである、と私は思った。松の内の張りつめていたものが停止し、弛緩する時間。そろそろお腹いたくなるから、ていう。粥にしとけ、ていう。先長いから。ぜんぜんまだあるから、一年。い、急いでくれなくていいんだからね、的な。こういう煮え切らない時間を丁寧に見ていく時、名前がついていると便利である。一月七日過ぎ、しばらくの間を<松過>というらしい。<女正月>というのは、一月十五日のことらしい。

十二日の歌舞伎座の夜の部が手に入った。家のピアノの上に置いてあったから貰っておいた。一階十六列七番は花道の脇で、いい席である。花道の出がある時、此の席の人がいちばん先に役者の顔を見るので、拍手をするかジャッジする、劇場をリードする重大な役割が有る(と私だけが思っている)のだ。冬の京都から戻ったばかりだから「山科閑居」はスムーズに入れた。餃子の経営者の射殺が浮かんだ。最初に花道から表れたのは藤十郎。下駄の緒に、雪を模して綿が貼り付けてありました。梅玉と魁春が両脇に控へ、ただただ他の役者が台詞を語るの聞いているのを眺めていたら、毛布にくるまっているやうに眠くなってきた。梅玉と魁春は、なにを考えて聞いているんだろう、と私は思った。なにも考えていないんじゃないか、と私は思った。そういう私も台詞はあたまに入らず、ぜんぜんちがう事を考えていた。そういう時間が堪らなく安心する。舞台の上でなにかが進行しているのだが、だれもがぼうっとしている感じが好き。お粥みたいな時間の澱みが気持ちいい。とろっとしていよう、と私は思った。七日粥から女正月は、とろっと。