肩書きって

株式会社はてなで、ぼくの肩書きは〈編集者〉ということになっていて、ぼくもそう思っている。それでいいと思う。〈チーフ〉というおまけまで付いているのだ。けれども、もう長い間、同僚の編集者たちが優秀すぎて、片っぱしから仕事を片づけてしまう。かれらを見ていると、不安になる。自分は、編集者と名乗っていいのだろうかと。毎日、自らの職業的な資質を疑いながら出社してるんだけど、ぼくの肩書きはさておき、仕事が回っているんだから、マネージャーとしては、それでいいのだろう。

わたくしはこれで食べています、なんて、すっきりした肩書きを名乗ってみたいものだ。〈デザイナー〉なんてのはかっこいい。〈小説家〉というのも憧れる。〈編集者〉なんてのは、職業の内でもあやふやな方である。ぼくの場合、そのあやふやにも、なりそこねた感があります。いろんな職業になりそこねた感があります。サブカル有名人にも、なりそこねたし。ちるぽよなんだか、寸なんだか、名前もいまだに固まって来ないし。だけど、こういう、固まって来ないかんじ、嫌いじゃない。いつもへんでいたい。

ふつうの人には、見過ごされていたい。ちょっと鋭い人には、あいつなんなの、って思われたい。なんでもないんだけど(笑)。あいつなんなの、って気にされて、何者なのか、すっきりしていたら、つまんない。あいつわかんないけど、おもしろいと思う、って言われたい。男子校っぽいかもしれない。子どもっぽいかもしれない。大人はちゃんと、わかるように立っているから、大人なのかもしれない。肩書きって、結婚にも似ているのかもしれない。ころころ取り替えたら、いけないんだよ。上手いこというでしょう。

今年、ぼくは人前で話すシーンが何回かあったんだけど、毎回、肩書きを替えた。ころころ取り替えた。中目黒デッサンの展示では堂々と〈詩人〉と名乗りましたが、この肩書きだけは、一度きりにしたいと思う。詩人の方にもうしわけないことをしました。ぼくは、詩人じゃないです。あーもう、ごめんなさい。反省して、教育テレビの番組では〈俳人〉にしちゃったんだけど、角川春樹さんに見られたら、ボコされるか、大笑いされるよね。ぼくの俳句の先生なんだけど。呼び出しくらうかもしれないよ。

こんな風に書きながら、自分にぴったりの肩書きってなんだろう、と、あれこれ散策する文章にしようと考えていた。だけど、眠くなってきた。自分にぴったりなものが見つかったとして、それはたぶん、恐ろしく退屈なものだろう。〈編集者〉とか〈チーフ〉とか、そういう類だろう。なんだか最近、思うんだけど、ぼくは、寸という人は、文章を書いている時が、いちばん愉しい。だれかに話しているように、書いている時が。もう長い間、忘れていたけど、ぼくは、書くのが愉しい。肩書きなんて、いらないくらいに。