師走の交友録

ガールフレンド

大原大次郎くんの新しいアトリエの食事会で印象に残っているのは、七〇年代のマンション、ロビイに飾られた竹の子の絵。広い部屋。つや消しの木製の家具とホンマタカシ氏から贈られたという北欧シリーズ。ぼくが贈ったニッキーミナージュのスピーカー。みちまちゃんの一品料理(春菊と茸と梅を和えたもの)がとてもおいしかったこと。松陰神社のおでんたね。齋藤あきこさんがすばやく手に取った、かぶとすだち。キャンドルのこと。だけど、いちばんおぼえているのは、やすろうくんが〈ガールフレンド〉特集のポパイをみつけたら、ぼくとやすろうくんのへんな会話がはじまったこと。「ぼくなんて、この本は読めないよ!」「ぼくなんて、ふれることもできないよ!」大原くんとふたりの女子はぽかんとしていた。あの時間、ぼくらの課題が浮き彫りになった。非リア話はおもしろくないから、来年はやめよう。星野源くんと仕事しているデザイナーと年末に鍋してたら、じゅうぶんリア充だという事実を認めよう。人生の大通りを歩こう。

目の色

ドミニク・チェンさんがまかないランチを食べに来てくれた。スタジオ収録以来の再会。ドミニクさん、新年の特番もお呼ばれしたとのこと。十一人もいる議論でへとへとにつかれたとのこと。「やっぱり、寸さんの回は楽しかったです」とのこと。おつかれさまでした。かれの名前を最初にどこで目にしたのか思い出した。村上隆さんの〈芸術道場〉のホームページだった。美術評論の懸賞で、目立っていたのがかれだった。ぼくも書こうと思いながら、結局、書かなかったのだった。ぼくも当時、村上隆さんや椹木野衣さんと時々お目にかかる機会があったので、ニアミスしていた。お互い〈美術手帖〉に初めて書いたのも同じ号かもしれない。こういうのってうれしいものです。かれは二年越しで作っていた〈ピクシー〉というアプリをロンチしたばかりだった。お子様の写真を見せてくれた。そうそう、奥様がこのブログを読んだらしい。〈青みがかった灰色の瞳がめちゃくちゃセクシー〉というくだりに大笑いしたって。あれ、おかしいな。A会議室のテーブルで、もう一度、かれの目を覗きこんだ。緑だった。レマン湖の緑。

小さい壺

大西ットさんが東京オフィスにいた。東京の忘年会へ参加するらしい。京都の忘年会にも参加するらしい。ビールを追いかけて新幹線に乗っている。表参道の美しいレストランは貸し切りだった。大きなビールの壺を六つ、七つと空けたところで、ギターを肩に掛けた三人の西洋人が現れ、宴を盛り上げた。大西ットさんが「暗い社長の歌」をリクエストすると、〈ゴッドファーザー〉の主題歌が流れた。ぼくは、バリ島の海岸で似たような経験をしたのを思い出した。黒髪の給仕がやってきて、「大きなビールの壺はもうない」といった。「小さい壺もない」と宣告した。「小さい壺を一つだけ、お願いだから『暗い社長の歌』の人に出してあげて!」ぼくは交渉した。「お願い、お願い」片言のスペイン語でがんばったのだが、「壺はもうない」の一点張りだった。急いで食卓を見回すと、ロンドンの大学に在籍しているインターンの目の前に、小さい壺が一つだけあった。光の速さで奪い取って大西ットさんに捧げたよ。これが、壺のやりくり。

フィガロ

スケシンさんからSMSで一杯いこう、と届いた。根津美術館から三〇秒の〈フィガロ〉を提案した。古い水色のポスターの飾られた柱の下の席にした。街角を見渡す大きな硝子に、赤い電飾が映っていた。時計屋の欅の木に蔓のように巻かれていた。金ぴかの手摺りのついた奥まったソファで西洋人が二人、議論していた。「警官が犯罪をさがして歩かないように、ビジネスというものは、」なんて聞こえる。エプロンをした青年が壁の黒板を取り外し、端の折れた女優の絵に掛け替えていた。夜、カウンターバーの前の狭い席でいつも一人新聞を読んでいる老紳士はいなかった。小ぶりのジョッキでビールを飲みながら一〇分くらい待った。スケートシング氏は灰色の外套を羽織り、舗道からコツコツと硝子窓を叩いてから入って来た。かれは、白ワインを注文した。オリーブ、専用の皿に入った熱々のエスカルゴ。パン、アスパラガスのパスタ。生ハムをつけ加えると、「お肉たべないことにしたんだ」と教えてくれた。「伊藤くんは、なんでも取材だと思って愉しんじゃうんだ。それがいいよ」てへへ。来年、なにか作るかもしれません。